たった一言で伝わる信頼──がん末期4回の訪問から学んだこと

今回は、とある訪問看護師が体験した印象的なエピソードをご紹介します。
私が訪問看護師として大切にしているのは、
「信頼は、言葉にならない瞬間に宿る」ということです。
この言葉の意味を、私はNさんというひとりの患者さんとの出会いから、改めて教えてもらいました。
はじまりは「不信感」という壁から
Nさんとの出会いは、ある総合病院からの依頼がきっかけでした。
膵臓がん末期の62歳の男性。退院後は在宅療養を希望されていて、「医療者を信頼していない」という申し送りがありました。
奥様は社交的で、「家で最期まで看取りたい」という強い意志をお持ちでした。
でも、Nさんご本人は、医療者に対しての距離を明らかに感じさせる方でした。
初めて会ったのは退院前カンファレンス。
奥様は笑顔で私たちに挨拶してくださったのですが、Nさんはほとんど目を合わせず、軽く会釈をしただけ。
「ああ、この方は、まだ私たちを“必要な存在”として見てはいないんだな」
そう感じたのを、今でもはっきりと覚えています。

言葉よりも、まず“確実な処置”で信頼を得る
初回訪問からしばらくは、必要な医療処置に集中しました。
腹水や消化管閉塞による吐き気や倦怠感──その不快症状を少しでも緩和できるよう、
Nさんに「不利益がない」ことを感じてもらうことが最優先でした。
いきなり信頼関係を築こうとするのは難しいのです。
傷つけない人、勝手に決めない人だと思われるところからが一歩です。
2回目の訪問では、後輩の看護師が同行していました。
緩和ケアや終末期の患者さんとの関わりは初めてで、Nさんの態度にとまどっていました。
でも私は思うのです。
終末期ケアというのは、“歓迎されて”始まるものばかりではない。
それでも、患者さんはどこかで誰かに寄り添ってほしいと思っている。
その小さなサインを、どう受け取るかが私たちの役割だと。
信頼の鍵は「ご本人」ではなく「奥様」だった
そのヒントが見えたのは、奥様とのやりとりの中でした。
2回目の訪問後、奥様と立ち話をしていたとき、Nさんが私たちの方をちらりと見て、
いつもより表情が少し柔らかくなっていたんです。
その瞬間、私は気づきました。
Nさんにとって大切なのは、“奥様が安心できるか存在であるかどうか”なのだと。
ある日、看護師が奥様の手を軽くマッサージしたときのこと。
奥様がとても嬉しそうに笑い、Nさんもにこやかな表情でそれを見つめていました。
支援者の存在が、奥様を通じて自分の安心にもつながる──そう感じていたのかもしれません。
受け入れられた証の言葉
そして、4回目の訪問でその瞬間がやってきました。
NGチューブのテープを交換しているとき。
それまでは私たちの問いかけに必要最低限の返答をするだけだったNさんが、
ふと、自らこんな言葉を投げかけてくれたんです。
「外、まだ雨降ってるか?」
ほんの一言。

これは、心が少し開いた証。
私たちを「ただの医療者」ではなく、「家にいてもいい存在」として受け入れてくれた合図でした。
心の中で、小さなガッツポーズを決めたような気持ちでした。
でも顔には出しません。
やっと家に来ることを認めてもらえたのだから、大切に触れていたかったのです。
言葉で語られないサインを、どう受け止めるか
訪問看護では、「悩みを打ち明けてくれたら信頼関係ができた」と思いがちです。
でも本当は、ふとした一言、視線の変化、表情のゆるみ──
そんな小さなサインこそが、患者さんの「心が動いた瞬間」なのだと思います。
そのサインを、こちらの都合で喜びすぎず、特別扱いせず、ただ丁寧に受け止める冷静さが、訪問看護師には求められるのだと、Nさんから学びました。
「正解」を決めず、「その人だけのケア」を届ける
終末期の方々は、医師に告知されていなくても、
自分の最期が近いことを感じ取っておられることが多いと私は思っています。
そんな方が「自分の家に医療者が来る」ことを、完全に歓迎しているとは限らない。
だからこそ、
「こういう関係を築くべき」「こういう話をすべき」という正解を、私たちが決めてはいけない。
患者さんがどのタイミングで、どのように心を開くか──
それは私たちの想定を超えたところにあるものです。
Nさんには、Nさんだけの関わり方があった。
その“1回限りのケア”をどう届けられるかが、私たちの使命なのだと、私は思います。
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